キャンプ、自転車知識がなくても誰でもできる自転車日本一周!

旅行

自転車日本一周は誰でもできるの?

はい、もちろん誰でもできます。私自身、自転車にさほど興味が無く、旅する前はサイクリング経験も無く、キャンプや野宿、ましてやパンク修理すらできませんでした。周囲に宣言して行かざるを得ない状況を作り、いざ出発。出発当日はビビッて出発できないでいると親に「友達来るから早く行って!!」とケツを叩かれ、豪雨の中、出発しました(笑)

初日に雷雨に打たれ、激しい筋肉痛と腰痛で本気で帰ろうかと思いましたが、3人組の小学生の女の子に「お兄ちゃん、どっから来たの~?」と声をかけられ、~市(隣)と答えると「近っ!?」笑われ、それに発奮して帰るのを辞め、旅を続けることに。そして、徐々に体力もついて応援してくれる方も現れ、楽しむ余裕も生まれていきました。その結果、アルバイトや滞在も含め、日本一周に4年半を費やし、走行距離も約4万キロ走ってました(笑)

どんなルートで日本一周をしたの?

海岸線を一筆書きに周りたかったので、愛知を出発し、北上して関東、東北、北海道を周りました。日本海を下ろうと思ったときが12月中旬で、降雪が酷く、道も塞がり進めなかったため、一度愛知へ戻ってから三重、和歌山、広島、四国、九州、沖縄と周り、最後日本海を北上し、青森でゴール。陸でつながる半島はほぼ制覇し、離島も一部行きました。

自転車は一台で完走できたの?修理とかはどうしたの?

いえ、結論から言うと、シティーサイクル→マウンテンバイク→ATB→折り畳みママチャリの4台の自転車を乗り継ぎ、最後は徒歩で日本一周をしました。

・1代目チャリタケ号(変速有りのシティーサイクル)

全く自転車の知識が無かったので、リヤキャリヤはママチャリ用のキャリアをつけて、かごを結束バンドで留めただけのもの。フロントキャリヤは最初から付いていた短いキャリヤでそこに100円ショップで買ったワイヤーネットに針金を巻いただけで、もう既に下がってきて、タイヤに擦りそう(笑)さらに20キロぐらいの登山用のリュックを背負っていました。自転車に重いリュックは腰を痛めるのでNGです。

・二代目チャリタケ号

出発して、自転車に負荷をかけ過ぎたのか、宮城県の石巻市でペダルが空転する状態になり、走行不能になりました。石巻の自転車屋さんで1万円で譲っていただいた前3段、後ろ6段変速のARAYAのマウンテンバイクです。さすがメイドインジャパン!広島県で壊れるまで頑張ってくれました。

ペダルを踏むとガリガリといい、ベアリングの破損とハブが折れてしまいました。

最後はこの状態。本当によく頑張ってくれました。結局、合う部品が無く、サヨナラすることになりました(泣)

・三代目チャリタケ号

広島のスクラップ場で数日お手伝いをした代わりに頂いたATBのノーブランド自転車。これはそんなに頑丈では無かったので、壊れるたびに各地のスクラップ場を周って部品を有償で交換させてもらったりしました。中には、善意で部品を提供して下さったスクラップ場もありました。ちなみに写真は鹿児島の佐多岬です。

・宝の山

この中から、私が乗っている自転車の部品を探すのはなかなか至難の業でした。しかもスクラップ場だけあって使える部品もほんの僅か。まぁでも当時はお金が無いからそれしか選択肢が無かったです(笑)

・お宝見っけ!

荷重オーバーなのか、ペダルがすごく重くなり、ガリガリと異音が出る症状が度々ありました。原因は、ハブが曲がってしまったり、ベアリングの減りだったり色々です。正直なところ、詳しい原因は分かってないのですが(笑)ちょうど同じサイズのホイールを見つけ出したときは飛び上がるほど嬉しかったです。こうやってつなぎつなぎで旅を続けました。

・四代目チャリタケ号

これが最終形態の四台目のチャリタケ号です。折り畳みの変則無しのママチャリです。これは石川県で旅でお手伝いをしながら滞在をさせてもらっていた方に善意で頂きました。何かの景品で当たったようです。見てわかるように旅仕様では無いのと荷物の積み過ぎで、秋田県で壊れてしまいました。

・最後は、やっぱりこれ!!

何を思ったのか、わらじを履き、竹傘を被り、竹かごを背負って旅をしたいと思い、あれよあれよと集まってきて、実現することに。肩ひもを自分でくくりつけて、いざ出発。しかし、これが地獄の始まりです。

足にまめができてむちゃくちゃ痛かったです。

雨の影響とアスファルトの上を長時間歩いたせいか3日ほどでこの状態に。もう摩擦で溶けてしまい、ほぼ素足に(笑)

てことで、今度は祭り足袋。ただ、毎日履いていたのと、雨の影響でカビだらけに。

そして、祭り足袋と交互に100円ショップのサンダルで歩くことに(笑)

これも皮がむけてなかなかエラいことになりました。

そして、青森の大間崎が日本一周のゴール地点です!竹傘は竜飛先という風の強いところを歩いていて思いっきり風で飛ばされてしまいました。

最後に

24歳の時に、何の知識も無く、完全にノリと勢いで旅に出て4年半をかけて日本一周をしました。ただ、黙々と一人でペダルを漕いでいるだけだったら確実にリタイアしていたと思います。やはり、各地で応援して下さる方、お金が無くなったら信用の無い旅人を雇ってアルバイトをさせて下さった親切な方々の助けがあって達成できたと思っています。知識は無くても日本一周はできますが、感謝の気持ちと不自由や逆境を楽しむ心は必要かなと思います。

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